資料請求 REQUEST

オープンキャンパス OPEN CAMPUS

学校概要

基本理念

建学の精神 健康のありがたさを知り、
手をもって、伝え広める

教育理念

自律
医療に携わる人として、
自ら学び、考え、行動する
信頼
医療に携わる人として、
仲間から患者さんから、
社会から信頼を得る
貢献
医療に携わる人として、
人々の健康で幸せな
生活に貢献する

医療の原点は「手当て」であるといわれています。優しい手の温もりによってお互いの体温を感じ、相手と通じ合うことでもたらされる安らぎや安心感。人と触れ合ってこそ、本来の医療というべき「心からの治療」を行えるものです。これから医療人を目指す人は、病気のみを診るのではなく、人を診ることの大切さを知ってほしい。すなわち、からだの悩みだけでなく、こころの悩みも治して、はじめて患者の「健康」が取り戻せるのです。「健康」は人間の最大の幸福であり、最も尊ぶべきもの。人は心身ともに「健康」な生活を送ることで幸せを感じます。その「健康」に携わることを志す人のために、本校では開校以来「基礎に重点を置いた教育」を心がけています。

また、総合医療の教育機関として、医療に必要な幅広い知識と実践的な医療技術を教授。さらに、身につけた知識や技術を日々進化する医療現場でフレキシブルに発揮できる応用力を育て、時代の変化とともに対応できる柔軟な人間づくりを目指しています。

そして将来、一人ひとりが患者をはじめ、医療の世界の人からも信頼され、社会に貢献できる医療人として、活躍されることを願っています。

教育目標

建学の精神である「健康のありがたさを知り、手をもって、伝え広める」に基づき上記の教育理念を実現する医療人を育成する

沿革

本校は、昭和31年に初代校長 大熊久次郎によって創立され、あん摩マッサージ指圧師・はり師・きゅう師の養成施設として多くの医療人を輩出してきました。

平成12年には鍼灸科・柔道整復科も新設し、現在の校名「四国医療専門学校」となりました。一方、1997年(平成9年)には理学療法士・作業療法士を養成する「四国リハビリテーション学院」を開校し、西洋医学の分野での医療人の育成も行ってきました。

そして、平成18年に「四国医療専門学校」と「四国リハビリテーション学院」は統合。更に平成19年に看護学科を、平成21年にスポーツ医療学科を新設し、7学科を有する総合医療専門学校になりました。西洋医学と東洋医学、お互いの優れた面を見ながら、広い視野を身につけていくことを願っています。

初代校長 大熊久次郎

初代校長
大熊久次郎

戦後の医療の歴史と共に
歩み続けた50年

1956年(昭和31年) 「香川県指圧学校」を高松市今新町に創立
1958年(昭和33年) 厚生大臣よりあん摩マッサージ指圧師養成施設として認定
1960年(昭和35年) 厚生大臣よりはり師・きゅう師養成施設として認定
「香川県指圧鍼灸専門学校」と校名変更
1971年(昭和46年) 高松市藤塚町に校舎移転
1976年(昭和51年) 専修学校・医療専門課程として香川県知事認可
1979年(昭和54年) 「四国鍼灸専門学校」と校名変更
1992年(平成4年) 綾歌郡宇多津町に校舎移転
1994年(平成6年) 「学校法人大麻学園」として香川県知事認可
1997年(平成9年) 「四国リハビリテーション学院」(理学療法学科・作業療法学科)開校
2000年(平成12年) 鍼灸科・柔道整復科を新設、「四国医療専門学校」と校名変更
2006年(平成18年) 「四国医療専門学校」と「四国リハビリテーション学院」が統合し、新生「四国医療専門学校」誕生
2007年(平成19年) 看護学科を新設
2009年(平成21年) スポーツ医療学科を新設

理事長挨拶

学理事長 大麻 悦治

理事長
大麻 悦治

昭和36年
香川県指圧学校(現四国医療専門学校)卒業
昭和39年
香川県指圧鍼灸専門学校(現四国医療専門学校)本科卒業
昭和46年
第二代学校長
昭和48年
社団法人香川県鍼灸マッサージ師連合会会長
昭和53年
社団法人香川県鍼灸師会会長
平成4年
第四代学校長
平成6年
学校法人大麻学園理事長(〜現在)
平成17年
四国リハビリテーション学院第二代学院長
平成26年
第六代学校長

人生100年時代、「手当て」で地域社会に貢献

本校は昭和31(1956年)年創立以来65年を迎えますが、創立者の大熊久次郎先生は明治40年頃から鍼灸マッサージ業を営み、当時の徒弟制度の中で、後進の指導を行って参り、戦後の法改正でいち早く学校設立に注力され、本校の基礎を築いてこられました。
私は学校の校庭でよく草抜きをしますが、今はすぐに除草剤を撒布して駆除する方法を選択される方も多い。これは自分だけが生きるために他を排除することと同じであると考えます。草とともに人間が生きることは本来の姿であり、自然との調和は大切なことと強く思っています。
昭和45年(1970年)開催の大阪万博のテーマは「人類の進歩と調和」でした。その頃の日本や海外でも物が無い時代でありましたが、その後約50年経過した現在、文明は進歩していますが、人間との調和は達成されているのか疑問があります。近年、新型コロナウイルス感染症の拡大により、人間の生活様式は大きく変化していますが、人間そのものが変わっているわけではない。日本の高齢者人口の割合は大きく増加しつつあり、このままでは若者に負担をかけることが予測されます。
医療技術や薬のみに頼るのではなく、医療従事者の「手当て」を通じて、人間が本来持っている自然治癒力を高め、病気に打ち勝つ身体づくりが大切であり、本校は正にこの点に注意を払い教育内容を組み立てています。人生100年時代、本校で学び育った医療人として、若者から高齢者まで住みやすい社会を支援できる人材になれるよう、我々教職員と一緒に頑張って参りましょう。また「健康で長生き」をテーマに、まずは自ら100歳迄現役を実践し手本を示し、学生の育成を日々の努力目標に掲げ、地域の方々に喜ばれる「手当て」が出来る人材を育成したいと考えております。

学校長挨拶

学校長 石川 浩

学校長
石川 浩

昭和35年
香川県立丸亀高等学校卒業
昭和39年
京都大学工学部卒業
昭和41年
京都大学大学院工学研究科修士課程修了
昭和44年
京都大学工学部助手
昭和48年
米国コロンビア大学客員研究員
昭和51年
香川大学商業短期大学部助教授
昭和52年
米国コロンビア大学客員研究員
昭和57年
香川大学経済学部助教授
昭和62年
香川大学経済学部教授
平成8年
香川大学工科系学部創設準備室長・教授
平成9年
香川大学工学部創設準備室長・教授
同年10月 工学部創設に伴い、初代工学部長・教授
平成14年
大学院工学研究科修士課程を創設し、初代工学研究科長
平成16年
大学院工学研究科を博士(前期・後期)課程に拡充改組し、工学研究科長
平成17年
香川大学を定年退職し、香川大学名誉教授
平成18年
香川短期大学学長
平成31年
香川短期大学を退職し、香川短期大学名誉学長
四国医療専門学校第七代学校長
この間、第4回構造物の安全性・信頼性国際会議(ICOSSAR'85)実行委員長(昭和60年:神戸)、第1回環太平洋構造信頼性国際シンポジウム(APSSRA95)組織委員長(平成7年:東京)、IEEE知能ロボット・システム国際会議(IROS2000)組織委員長(平成12年:高松)などを歴任し、専門分野における多くの国内外の会議・シンポジウム等を主導。

「人をみる」大切さ

本校は、「健康のありがたさを知り、手をもって、伝え広める」ことを建学の精神としています。医療の原点は「手当て」、手を当てて、みる。温かい手の温もりによって、お互いの体温を感じ、相手と通じ合うことでもたらされる安らぎや安心感。人と触れ合ってこそ、本来の医療というべき「心からの医療」を行うことができます。これからの医療人は、病気のみを診るのではなく、「人をみる」ことの大切さを知ってほしい。身体の悩みだけでなく、心の悩みも直して初めて、患者の「健康」が取り戻せるのです。「健康」は人間の最大の幸福であり、最も尊ぶべきもの。人は、心身共に健康な生活を送ることで、幸せを感じます。本校では、何よりも大切な人の「健康」を守り育む、温かい手を持った医療人の養成に全力を尽くしています。昭和31年の創立以来、その精神を60有余年にわたって脈々と受け継いで来ています。
ところで皆さん。世の中は変容しています。皆さんを取り巻く環境はますます複雑化し、AI(人工知能)やIoT(モノのインターネット)などの先端技術があらゆる分野に取り入れられて、社会の在り方そのものが大きく変化する超スマート社会(Society5.0)の到来が予測されています。現時点では想像もつかないような仕事が出現し、職業地図はめまぐるしく塗り変えられていくことでしょう。
しかし、皆さん、ご心配は無用です。どのような社会になろうとも、本校が養成する温かい手を持った医療人の必要性は不変です。私達は、皆さんがこうした人を幸せにする温かい手をもった医療人になるようにお手伝いをします。医療に関心を持ち、将来の職業にと考えていらっしゃる皆さんには、ぜひとも本校で学び、温かい手を持った真の医療人として、社会で大きく活躍していただきたいと、心から願っています。